東京高等裁判所 昭和47年(ツ)12号 判決
以上が原審の認定判断である。しかし記録を調べてみると次のような事実関係のあることが窺えるのである。
上告人佐藤由太郎は昭和二七年五月頃以来本件建物の一部を当時の建物所有者であった石川才一から賃借し、これを店舗として商売を継続して来たものであり、昭和二八年二月からは同上告人を代表者とする上告人会社の名で営業している。ところで、昭和三〇年頃に石川の土地占有権原について、土地所有者須田としとの間に紛争を生じ、その解決として石川才一から昭和三二年二月一一日本件建物所有権を譲受けた須田としは石川才一に対する本件建物の明渡を求めうべき和解調書を得る一方で(乙第五号証の一ないし四参照。但し、この和解調書の執行力の存否等にからまる裁判上の紛争は、昭和三六年七月頃までは、確定しなかったようである。)上告人由太郎に対しても右建物明渡請求訴訟を提起したが、請求棄却の判決を受け(乙第八号証の二)、昭和三六年一〇月即決和解により上告会社に対し右建物部分を期間を三年として賃貸する契約を締結した(乙第一一号証)。そして須田と石川との間の紛争に際し、須田の代理人として終始石川との交渉に関与した被上告人は、右紛争を一応須田の希望する線で落着させたが、同時に上告人らを退去させる目的は、当時これを果しえなかった。その約二年後である昭和三八年六月に本件土地とともに本件建物の所有権を取得したと主張する被上告人は、同年八月に訴外姜進赫に本件建物の所有権を譲渡すると共に、更に半年余り経過したのに過ぎない同三九年春頃、本件建物の前記部分は上告人らの占有する事実を熟知しながら、姜のみを相手方として本件建物収去、本件土地明渡の訴を提起し、同人の欠席のまま同年六月二六日勝訴判決を取得し(甲第二号証参照)、この判決が控訴の提起のないまま確定するや否や、直ちに同年七月一六日上告人らを相手方として本件建物退去、土地明渡の訴を提起した。
以上のような事実関係のあったことが記録上窺われるのである。そして被上告人は本件建物が従前その所有者から上告人らに対し屡々明渡請求のあった、紛争の絶えない物件であることを、自ら事件に関係することによって熟知しながら、敢てこれを買受け、所有権を取得した事実、(姜が上告人らから家賃の提供を受けたのにも拘わらず、その受領を拒否したことの理由、)被上告人が先ず姜だけに対する建物収去土地明渡の確定判決を取得し、その後殆んど間髪をいれることなく改めて上告人らに対する本件建物退去、土地明渡を求める訴を提起するに至った間の被上告人の意図の那辺に存したかの事実、被上告人に代金三百万円を支払って本件土地の借地権とともに本件建物を取得したという姜が前記確定判決を受けたために大きい損害を受けたこととなるのにかかわらず、格別の方策を講じた形跡の認められないのは、何故であるか、しかもその後も被控訴人との間に円満な交際が続けられるということは、まことに解しがたいという点などについて、原判決には何ら判示するところがなく、原審がこれらを顧慮した形跡もない。
そうであってみれば、被上告人の上告人らに対する本訴請求が被上告人らの利益のみを図り上告人らの重大な生活利益を喪失せしめる意図に出たことを疑わしめるものであって、もしそのような特段の事情があるときは、土地の賃貸人が賃借人に対する土地賃貸借契約を終了せしめても、その土地賃貸借契約終了の効果を地上建物賃借人に対抗できない場合なしとしない(最高裁判所昭和三八年二月二一日判決、民集一七巻二一九頁参照)。また右に指摘した事情如何によっては被上告人の上告人らに対する本訴が権利濫用をなすものである疑も濃厚なのである。しかるに原判決は右事実関係について審理を尽さずひいて法令の適用を誤り、理由不備の違法あるを免れないから、原判決を破棄し、なお審理の必要あるものと認め本件を原審に差戻すこととし、民訴法第四〇七条を適用して主文のとおり判決する。
(中西 松永 長利)